支離滅裂な読書録

相変わらず、個人的な三国志ブームが続いている。大分前の話になるが、今年の1月にテレビ朝日系の日曜洋画劇場で、ジョン・ウー監督の「レッドクリフ Part I」(2008年)と「レッドクリフ Part II ―未来への最終決戦―」(2009年)を観た。この映画の一般的な評価がどのようなものかは知らないのだが、戦闘シーンの壮麗さはともかく、登場人物間の駆け引きの描写には物足りなさが残った。とはいえ、他人の脚本に文句ばかり言っていても仕方がない。どうせならこの機会に「正史」に取り組んでみようと、魏書から読み始めてみた。

正直なところ、簡潔で淡々とした記述に面白さを見出すには至らないのだが、だからこそ、それらの事実を繋ぐ虚実入り交じった“物語”が「三国志」の肝なのだと感じた次第。

それにしても、列伝に取り上げられている人数の膨大なこと。しかも、皆がそれなりの仕事をし、それなりの言葉を遺している。後世の美化や脚色もなくはないのだろうが、皆それぞれに乱世を生き抜き、名を残すに足るだけの何かを成し遂げたには違いない。



何もしていないばかりか、自分が何もできないことを自覚すらできず、それでいて名を残すことばかり考える人間の何と醜悪なことか。「今はそれどころではないから仕方ない」という思考停止は、「自民党じゃだめだから能力がなくても仕方ない」という思考停止と全く同種のもの。美辞麗句で彩られた空虚な理想もどきと現実的な職務遂行能力とを、狂った天秤に掛けた結果が、現在のこの有様だ。さすがに天変地異の予測まではできないが、愚者に権力を持たせて調子に乗らせたらどうなるかなど、頭を使って考えるまでもなく分かったはずだ。今さら反省するにはこのたった2年で失った物は大き過ぎるが、少なくともまともな理性を取り戻しておかなければ、我々は祖国を失いかねないことを理解すべきだ。自民党や官僚、あるいは東電などがいかに底知れぬ問題を抱えているのだとしても、それは現政権を1%たりとも支持する理由にはなり得ない。

口角泡を飛ばして、擁護にすらならない感情的な強弁を狂人さながらに喚き散らす“知識人”と、その言説を表面的になぞっただけに過ぎぬ“一般人”の街角インタビューの類をテレビなどで見てしまうと、心底、気が滅入る。

だからこそ、人類の知性の力をいつも以上に信じたくなる。『ホーキング、宇宙を語る』は、大学に入って間もない頃に夢中になって読んだ、思い出の本である。近年の成果を盛り込んだホーキングの最新刊は、やや哲学的な思索が前面に出ているようにも感じたが、それゆえに理系/文系を問わず、そこそこの論理的思考ができる人には抜群に面白い一冊であろう。



閑話休題。

最近は随分と少なくなったが、TVアニメが放映されてからしばらく、我が家の近所では“聖地巡礼”に訪れる人が目に付いた。いわゆるオタクの気質には理解がある、というよりも、対象がアニメでないというだけで、自分がかなりのオタクであることは十分に自覚しているので、そうした賑わい(?)を鬱陶しく思うより、むしろその世界をのぞいてみたい気持ちがあったりもした。

先日、レンタル・ショップでふと思い立ち、2010年に公開された『涼宮ハルヒの消失』という映画を借りてみた。これが思いの外に面白く、映画としても秀逸な内容だったことに感心し、原作を一気に読んでみることにした。作者の事情で長らく執筆が止まっていたようだが、4年ぶりの最新刊が出版された、またとないタイミングであったのはラッキーだったと言って良いのだろう。ライトノベルと呼ばれるジャンルの書籍を手に取ったのは、人生で初めてのこと。いい歳をして、あの表紙をレジに持っていく勇気がなく、結局Amazonで揃えた次第。小心者である。

通勤の一往復でほぼ一冊読み終えられるような気軽さながらも、程良く意表を突くストーリー構成や登場人物達のキャラ設定の面白さに、なるほど大ヒットした訳だと納得した。

作品の核となっている時間や空間の概念に、ホーキングの本で読んだ現代物理学が示している事柄が反映していて……みたいな牽強付会をするつもりは毛頭ない。何かと憂鬱な気分になることが多いだけに、こういう後味のすっきりとした読書は、実に手軽な娯楽である。少なくとも、ワイドショーの類を見ているよりは、よほど有意義な時間の使い方であることは間違いない。難点は、可愛らしい女の子達の挿絵。今さら萌えるような歳でもなく、むしろそれを見ているのを誰かに見られてないかと、周囲を気にしながらそそくさとページをめくってしまう始末。小心さゆえに挙動不審になってしまうとは、オタクを名乗るにはまだ修行不足といったところか。

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genre : 本・雑誌

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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