O. ドンブロフスカヤ:ヨハン・シュトラウスのポルカ「観光列車」のドミートリイ・ショスタコーヴィチ編曲版の刊行について, DSCH社―(2)

一方、ショスタコーヴィチにポルカのオーケストレイションを依頼した時、恐らくハーイキンは、この作品の公演中における役割と、イサーエヴァが演じる「新聞売りの踊り」が既に「(良い)形になっている」ことについては、少なくとも簡単に伝えていたと思われる。ショスタコーヴィチは、マールイ・オペラ劇場のバレエ一座が持つ創造力に非常に良い印象を持っていた。この劇場では1935年6月4日に「明るい小川」の初演が行われ、全11回の公演は、1936年2月6日の「バレエの偽善」による災難が巻き起こるまで、大成功を収めた。ショスタコーヴィチは、才能あるバレリーナのガリーナ・イサーエヴァを、一度ならず舞台で観ていた(初日から、彼女は女学生ガーリャの役を演じていた)。そして、フョードル・ロプーホフが書いているような彼女の芸術的な能力を知っていた:「彼女は、ずるくて単純で、熱情に取りつかれた思春期の少年少女の役を演じるための他に類を見ない能力を持っていた。古典バレエの『青いダンサー』は時折、幾分の傲慢さをもってイサーエヴァを青年劇場の俳優に例えた。彼らは、彼女をうまく評することができなかった。そのような役において、彼女の才能は無比のものだった20。」

ショスタコーヴィチは、ポルカのオーケストレイションに取り組んでいた際、シュトラウスの作品「観光列車」が持っている休暇の鉄道旅行の香りを伝える内容よりも、演出家が「新聞売りの踊り」を挿入した意図や踊り手の滑稽な踊りの能力といった事を念頭に置いていたのではないだろうか。

「いくつかの曲の踊り易さはたまらなく魅力的である。シュトラウスからグラズノーフに至るクラシックの舞曲の最良の伝統を吸収している21」、「D. ショスタコーヴィチの音楽は感情的で、踊りに向いている、そして、バレエの名匠達にとても興味深い材料を提供している22」などの批評が「明るい小川」の初演後になされた。シュトラウスのポルカのオーケストレイションに関しては、バレエ音楽とは対極の方向で作曲されたように思われる:作曲家は踊るための音楽を提供したのではなく、逆に、バレエの管弦楽に対する自身の名人芸を披露するための素晴らしい音楽を提供されたのである。ショスタコーヴィチは何の制約もなく、この作品をオーケストレイションした。というのも、編成や演奏技術に限界のない第一級のオーケストラを意のままにできたからだ。このことは、ほんの数小節のためだけにいくつかの音色を導入したり、技術的に最高の難度で楽器を用いることを可能にした。

結果として、小規模の交響的作品において、ショスタコーヴィチのオーケストレイションが「あまりに力強いものだったので、ヨハン・シュトラウスの輝かしさが霞んでしまった…ショスタコーヴィチが他人の楽曲をオーケストレイションする時、つまり、楽曲の内容に彼が関与していない時には、オーケストレイションに関する彼の様式や、驚くばかりに独創的で、ただ仰天するばかりの技術が、楽曲を通して明らかに輝きを放つのだ23。」

ショスタコーヴィチのために作成されたコピーの元となったピアノ・スコアのコピーは見つからないが(ショスタコーヴィチ用のコピーも同様である)、シュトラウスのポルカのオリジナルの総譜とピアノ・スコア24との比較は、それでもショスタコーヴィチの管弦楽法の特徴を明らかにしてくれる。

舞曲において伝統的な三部形式を保つことによって、ショスタコーヴィチは楽曲の形式を変え、若干のカットをした。まず第一に、コーダがカットされたことは、すぐにわかる。もちろん、このコーダは不適当であった:この作品はもはや独立した楽曲ではなく、公演の一部となっていた。そして、単独の楽曲として完結した形をとることは、全体の流れるような性格に反した。

ショスタコーヴィチは、すべての「機械的な」(繰り返し記号で書かれた)繰り返しを省略した。そして、ショスタコーヴィチは三部形式における主部の繰り返しをシュトラウスのようなDa capo、序奏、第1主題といった形ではなく、第2主題の要素(ショスタコーヴィチ版の95小節を参照)で始めた。

このようにして、ポルカの長さはほぼ半分(219小節から122小節に)に短縮された、しかし、ショスタコーヴィチが各々のフレーズに新たなオーケストレイションを施したことによって、シュトラウスの妙なる旋律に光彩を与えたように思われたので、音楽は仰天するほどの力で輝き出した:練習番号3と11、練習番号4と12、練習番号5と13を比較していただきたい。

ショスタコーヴィチは、義務的なDa capoと規則通りの3つの部分を持ったシュトラウスの図式的な作品を、より統一感のある構成とダイナミックな展開を持つ、連続的に流れる形式に、気づかれないように変更したのだった。主部の繰り返しは「最初から」始まらず、序奏もない。そして最も重要なのは、トリオの調性であるイ長調で始まることだ(95小節)。このことにより、主部の繰り返しの開始ではなく、中間部の延長として構成されることとなった。ここで断片を移調することによって、107小節で主調のホ長調への移行を果たすために、ショスタコーヴィチは原曲の旋律線も変更した(103~105小節のトランペットをAーA♯ーBという半音進行にした。シュトラウスは、同じA音を繰り返している)。伝統的な繰り返し記号と共に、「トリオ」という表記自体も削除された。伝統的な三部形式から、より自由で非対称な構成に修正されたので、この表記にも意味がなくなったからである。

作曲家は純粋な意味でのオーケストレイション(作品にオーケストラの装いを纏わせる)としてこの仕事に挑んだのではなく、むしろ自分の流儀でポルカを再構成し管弦楽配置をしたのだった。このちょっとした短時間の仕事でさえも、ショスタコーヴィチの交響的な展開(形式の内的な活性化と、その連続的な広がり)の大いなる発露であることは、驚くに値する。これらの特質は、既にこの時点で交響曲第4番、第5番、第6番といった大作の中で発現している。そしてオーケストレイション自体は、シュトラウスを振り返ることなく、ショスタコーヴィチの管弦楽世界でなされた。そしてまた、彼の卓越した管弦楽法のいくつかが(目に見えないレベルで)織り込まれた。

ショスタコーヴィチが原曲を、その性格や雰囲気も含めて自由に取り扱ったことは、ショスタコーヴィチがバレエ音楽の作曲を意図していたという、前述の仮説を追認するものである。彼の編曲は音楽の踊り易さを高め、それをほとんど目に見えるような柔軟性を持った形にした。彼はバレエ音楽をオーケストレイションし、3つのバレエの経験をそこにつぎ込んだ。そして、シュトラウスの原曲には文字通り全くない、数多くの音符を使ったアウフタクトを、滑稽な活気と管弦楽の陽気な爆発という形でショスタコーヴィチは「ねじ込んだ」。シュトラウスのピアノ・スコアと比較してほしい(譜例略):これらの箇所は、ショスタコーヴィチ版の15~16小節と50~52小節に相当する。

シュトラウスが用いた4つの普通の和声の代わりに、ショスタコーヴィチは金管楽器と弦楽器の合いの手を伴う、身体をひねって点呼をとるような木管楽器の装飾音とモルデントを創作した。フレーズの繰り返しでは、異なる管弦楽法が使われている(25~26小節、29~30小節、95~96小節、99~100小節を参照のこと)。

練習番号6と8の間で3回、ショスタコーヴィチが新たに作った16分音符の下降音型が聴こえる。その滑稽な効果、特に4つのホルンが奏でる3回目(66~67小節)は、スカルラッティ=ショスタコーヴィチの「カプリッチョ」にあるトロンボーンのグリッサンドのようである:それは単なるオーケストレイションではなく、オーケストラと作曲家の陽気な悪ふざけであり、作曲家はそれをとても愛した。初めは初演者達が喜び(ハーイキンは次のように書いている:「団員達の顔には、微笑が浮かんだ。彼らは、数年前に「鼻」と「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の初演で弾いた奏者達であった25。)、その後、他のあらゆる音楽家と聴衆が喜んだ。

喜歌劇の上演のためにオーケストレイションと編曲がなされ、「ジプシー男爵」の著名な楽曲の一つとなったポルカ「観光列車」は、ショスタコーヴィチの創作活動中、単に喜歌劇の分野で重要な位置を占めるだけにとどまらない。それは当然のことながら、ユーマンスの「タヒチ・トロット」やスカルラッティのソナタといった彼の他の管弦楽編曲と並び立つものである。

喜歌劇のために作曲されたポルカ「観光列車」の編曲は、ショスタコーヴィチのバレエ音楽に対する短いながらも卓越した、もう一つの貢献であることが明らかになった。この総譜の出版は、再びこの小さな管弦楽曲を舞台にかけようとする機運をバレエ関係者の間で高める契機となるだろう。

オーリガ・ドンブロフスカヤ





  1. 以下の文献からの引用:A. Degen, I. Stupnikov, Leningrad Ballet. 1917-1987: Dictionary-Reference, Leningrad, 1988, p. 253 (in Russian).

  2. G. Polyanovsky, “Shostakovich's New Ballet”, Pravda, 6 June 1935.

  3. R. Zakharov, “The Victory of Soviet Ballet”, Vechernyaya Krasnaya gazeta, 8 June 1935.

  4. B. Khaikin, 前掲書, p. 91.

  5. 筆者は、サンクト・ペテルブルグでの文献調査でかけがえのない援助をしてくれたガリーナ・ヴィクトローヴナ・コピトヴァと、L. V. ブレジネヴァ(モスクワ音楽院)、L. A. ライチェンコ(ロシア国立図書館)、O. N. ツァレヴァ (モスクワ放送交響楽団)、M. A. ヤクーボフ(DSCH出版社)の各位に感謝の意を表する。

  6. B. Khaikin, 前掲書.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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