『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社, 2011)

帰り道の駅構内にある書店の前を通り過ぎた時、ふと目についたのが、この本。村上春樹と小澤征爾との対談本ということで、当たり前のように「話題書」のコーナーに平積みにされていたが、最近とみに錆びついている僕のアンテナはその存在すらキャッチすることがなく、出版から3ヶ月近くも経って初めて手に取った次第。

熱心な音楽ファンである村上氏が音盤で聴いた音楽の印象を語り、それに対して小澤氏が極めて実際的な技術論で応えるという、2人のすれ違いが面白い。博識なアマチュアが、個別の知識には疎いプロと対等であるかのように勘違いすることは、往々にしてよくあることだが、本書の2人が奇妙に通じ合っているように見えるのは、村上氏が、畑違いとはいえ、自身の創造の現場を踏まえて論を立てていることが大きいのだろう。

さすがに一流の作家の文章は見事なもので、時には取り上げられている演奏よりも雄弁と思われるような評も見受けられるほど。と同時に、それらの表現を獲得するために、音盤を十分に聴き込んでいることも窺える。この真摯な姿勢は、村上氏の高みに達することはできなくとも、一愛好家として見習いたいものだ。

一方の小澤氏は、語弊を恐れずに言えば、棒を振ること以外には徹底して無関心で無頓着な風情である。その潔いまでの割り切りは、欧米の音楽文化や伝統の背景を持たぬまま、ただ棒の技術だけを頼りに超一流の地位を極めたことへのプライドとコンプレックスの相克を物語る。プロとアマとの決定的な違いは、才能でも知識でもなく、技術である。村上氏の抽象的な問題提起に対する小澤氏の答えは技術論に終始するが、そこに小澤征爾という音楽家の本質があるのだろう。

僕はこの小澤氏の姿勢について、必ずしも否定的ではない。本書の最終章で村上氏は、小澤氏が主催する「小澤征爾スイス国際音楽アカデミー」に参加し、数々のレッスンを見学した印象を語っている。プロが音を形成する現場の実際的な作業に触れることは、観念的に音楽を享受している多くのアマにとって極めて刺激的な経験である。事実、村上氏も一流の技術が持つ凄みを、いくぶん興奮した筆致で書き連ねている。

一方で、様々なエピソードなども交えつつ情熱的に語られているにも関わらず、小澤氏の音楽観に特筆すべき魅力が感じられないことも、この対談を通して明らかになっている。“日本が誇る世界的指揮者”小澤征爾の長所だけでなく、短所すらも(ひたすら小澤氏を賛美するような書きぶりであるにもかかわらず)見事に描き出した、出色の対談ということができるだろう。小澤ファンであるか否かを問わず、興味の尽きない一冊である。

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genre : 本・雑誌

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 この本を読み終えたところです。 私は小澤氏のコンサートを3度ほどしか聞いていませんがあまり記憶に残るものではなかった。
 どちらも忙しい方なので仕方がないですが、うるさいアマチュアの目から見ると間違いが見受けられ本の価値が減じられているのが残念です。たとえばフルトベングラーとベームがマーラーを演奏していないというところ。(交響曲はしていないとは思いますが)
工藤さんのコメントは小澤氏の音楽の弱点の本質を付いていると思います。
プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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