NHK交響楽団第1734回定期公演

  • リャードフ:8つのロシア民謡、ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 L. スラットキン(指揮) (2011.9.21 録画 [NHK BSプレミアム(2012.11.11)])
録画はしていたものの、なかなか視聴する時間がとれずに、一か月近く放置してしまった。

L. スラットキンのショスタコーヴィチといえば、1980年代後半に集中して録音された4曲の交響曲(第4、5、8、10番)の立派な演奏を思い出す。これらはいずれも、ソ連崩壊前夜の“西側”的解釈は、『証言』史観に基づくハイティンクの全集録音の延長線上にありつつも、まさに絶頂期にあったセントルイス響の際立って高い機能性を存分に生かした、洗練された好演である。

その彼が、録音していなかった第7番を振るということで、20年前に夢中になってショスタコーヴィチの音盤を漁っていた時代の気分を懐かしみながら、新品のCDケースを開くような気持ちで録画を観始めた。

スラットキンの解釈は、番組冒頭のインタビューで述べていたように、レニングラード攻防戦を想起させるような仰々しいものではなく、極めて個人的な感情を慈しむかのように穏やかで味わい深いもの。それは驚くほど20年以上前の彼のショスタコーヴィチ解釈と変わっていない。しかし、スコアの仕掛けを鮮やかに暴き出すかのような現代風の演奏と比べると、いかにも穏当に過ぎて、穏当であること自体が新鮮だった当時と同じようにその解釈を受け入れることができないのは、時の流れの無常さといったところか。

もう一点。この種の解釈は、オーケストラの力量によってその成否がはっきりと分かれてしまうことが多い。TV放送の音質にハンデがあるとはいえ、トロンボーンとホルンをはじめとする金管陣の音程の悪さは、たとえば第3楽章のコラールの感興を少なからず削いでいたし、破綻こそないものの弦楽器の表現力には大いに物足りなさが残った。指揮者との相性もあったのかもしれないが、スラットキン往年の録音に聴かれた格調の高さが表出されるには至らなかったのは残念。

前プロのリャードフも、ほぼ同様の印象。ただ、N響にはショスタコーヴィチよりもこの曲の方が合っていたのか、陰影には乏しいものの、繊細な線が絡み合うようなアンサンブルをそつなくこなしていて、なかなか良かった。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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