ショスタコーヴィチの自作自演(初出音源)と未完のヴァイオリン・ソナタ

  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1&2番、チェロ・ソナタ、3つの幻想的舞曲、24の前奏曲とフーガより第1、4、5、6、13、14、18、23、24番 D.ショスタコーヴィチ (Pf) クリュイタンス/フランス国立放送O ロストロポーヴィチ (Vc) (Warner Classics 0825646155019)
  • ハルトマン:葬送協奏曲、ヴァーインベルグ:コンチェルティーノ、モルダビア狂詩曲、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ(未完) ロス (Vn) ガザリアン/ハイルブロン・ヴュルテンベルクCO ガヤルド (Pf) (Challenge Classics CC72680)
HMV ONLINEからタイムセールの案内メールが届いたので何気なく見たところ、長らく買いそびれていた大物が破格の値段で出ていたので、即買い。目当ての1点だけでは物足りなく、ついでに何枚か付け加えて注文してしまうのは悪い癖。大物は聴き通すのに時間がかかりそうなので、とりあえず一緒に届いた2点について。久し振りの新譜である。

1958年、ショスタコーヴィチはいくつかの名誉職に絡んで西ヨーロッパへの旅行をした。この旅には、2番目の妻マルガリータが同伴した。目的地の一つであったフランスでは「フランス芸術文学勲章爵士」を授与されるとともに、クリュイタンスとの共演でコンサートとレコーディングとを行った。この時に録音された2曲のピアノ協奏曲と24の前奏曲とフーガからの抜粋(第1、4、5、23、24番)は、ショスタコーヴィチの自作自演の中でも録音状態が良好なために、権威ある名盤として今なお聴き継がれている。

本アルバムは、上述の録音に有名なチェロ・ソナタの自演録音をカップリングし、新たに音質改善を施したものである。したがって、録音の音質にこだわらない向きにとっては、単なる再発盤……と言いたいところなのだが、何と、同時に録音されたものの一度もリリースされることなくお蔵入りになった24の前奏曲とフーガからの4曲(第6、13、14、18番)が収録されているとなれば、話は別だ。チェロ・ソナタに至ってはこれが(同じ演奏の)8枚目となるが、躊躇している場合ではない。

ショスタコーヴィチがピアノの名手であっただろうことを否定するつもりはないが、残された録音の中には、率直に言って技術的に崩壊している箇所も少なくはない。24の前奏曲とフーガについては、作曲家同盟での試演におけるショスタコーヴィチの演奏が酷かったことも作品の評価に影響を及ぼしたと伝えられている(ファーイ:『ショスタコーヴィチ ある生涯』, p.225)。加えて、既に右手の不調の初期症状が出ていたショスタコーヴィチにとって、この録音セッションは心身をかなり消耗するものであっただろう。にもかかわらず、この1958年の録音は技術面の問題があまりなく、音楽に深く没頭しているかのような雰囲気が傑出している。なぜこの4曲だけがお蔵入りになったのか、その事情についてはライナーやMoshevich著の『Dmitri Shostakovich, Pianist』を見ても明らかでない。たとえば第4番や第24番に聴かれる理知的ながらも深い情感を感じさせる、虚飾のない音楽は、初出の4曲にも共通している。この清明な陰鬱さとでも言える雰囲気は、ショスタコーヴィチのロシア的特質(作品と演奏の両面において)を端的に表したものとして、時代を超える価値を持つ録音だと言える。ただし残念ながら、第6番だけは技術的な崩壊の度合いが大きい。

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ヴァーインベルグのヴァイオリンとピアノのための作品全集という偉業(Challenge Classics)を成し遂げたリナス・ロスによる「Wartime Consolations」というタイトルのアルバムは、3人の作曲家の作品が収録されているものの、やはりメインはヴァーインベルグの2曲になるのだろう。クレズメル風のユダヤ的色彩の強い節回しとリズム、それにヴァーインベルグらしいテンションの高い音楽の運びは、この2曲にも色濃く刻印されており、ロスはその特質を的確に把握した見事な演奏を聴かせてくれる。ちなみに、「モルダビア狂詩曲」はE. ノヴィツカが再オーケストレイションした版の世界初録音とのこと。なぜオリジナルの楽譜を用いなかったのかは、明らかにされていない。ハルトマンの代表作である「葬送協奏曲」も訴求力の強い立派な演奏だが、「フス派のコラールに基づく。ナチスへの抵抗作品」という副題(?)の“コラール”という要素よりも綿々とした旋律美が前面に出ているので、とても聴きやすい一方で、少々軟派な印象がなくもない。

さて、これらの管弦楽伴奏作品の“余白”に収録されているのが、世界初録音となるショスタコーヴィチが1945年に書きかけた未完のヴァイオリン・ソナタである。私にとってはもちろん、この5分半弱の断片が本アルバムの“メイン”である。本作品の楽譜はDSCH社から出版済だが、私は未入手(現在、入荷待ち)なので、作品についての詳しい背景はまた後日にまとめることとして、ここでは、ごく簡単な基本情報のみを記しておく。

1945年初め、大祖国戦争の勝利が濃厚になったことを受けて、ショスタコーヴィチは“英雄的な勝利の”交響曲に着手する。現在ではこの交響曲の第1楽章の断片とされるものが「交響的断章」として知られている。しかしながらこの作品は完成に至ることなく、その年の夏に、英雄的でもなく、勝利を祝う荘厳な雰囲気にも欠ける交響曲第9番が作曲された。この2曲の間に存在するのが、6月の終わりに書かれたこの未完のヴァイオリン・ソナタである。ピアノ三重奏曲第2番や弦楽四重奏曲第2番を作曲して間もない時期だけに、新たな室内楽曲を手掛けたこと自体はごく自然に思われるが、注目すべきは、その内容である。ヘーントヴァ著の『Шостакович: Жизнь и Творчество, Том 2』(1986)の208ページに示されているこのソナタの冒頭部分の旋律/第一主題(一か所だけ本録音と音が異なっているが、これは楽譜を入手したらまた改めて検討したい)を見ると、スターリンの死後である1953年に作曲された交響曲第10番の冒頭と瓜二つであることが明白である。それだけでなく、この録音を聴くと第二主題も交響曲第10番のそれとそっくりであることが分かる。となれば、これらの主題が着想されたのは戦後間もない頃であり、当時は交響曲としてまとめることができなかった、あるいは交響曲には敢えてしなかった、その時点での作曲家の“本音”や“気分”がそこに反映されている可能性が十分に考えられる。したがって、スターリン死後の“雪解け”が描かれたと解釈されることの多かった交響曲第10番に、「戦争三部作」(第7~9番)と呼ばれることもある(私自身は、あまりこの括り方に賛同しないが)作品群の続編としての意味合いを付加する根拠となり得るのが、この未完のヴァイオリン・ソナタということになる。

一方、未完のソナタの第1主題と第2主題の雰囲気や気分は、晩年のヴァイオリン・ソナタ 作品134ともよく似ていることも、指摘しておきたい。もっとも、ショスタコーヴィチが引用などの形であるフレーズに意味を持たせる場合は、当該フレーズにほとんど手を加えずに“そのまま”使うことがほとんどなので、単に雰囲気に通ずるものがあるというだけで何かを主張するつもりはない。

提示部(の途中?)だけが書かれた状態の、文字通り“断片”なので、今後も実演はもちろんのこと、ごく限られたコンセプトのアルバムにしか収録されないだろう。ヴァーインベルグ風の歌謡的な弾き方のせいで、交響曲第10番の影があまり感じられないのは残念だが、この録音が資料的に貴重な価値を有するであろうことは言うまでもない。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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