『レコードによる弦楽四重奏曲の歴史』

  • 幸松 肇:レコードによる弦楽四重奏曲の歴史, 上巻, DU BOOKS, 2016.
  • 幸松 肇:レコードによる弦楽四重奏曲の歴史, 下巻, DU BOOKS, 2016.
書店の「音楽書」の棚にそのタイトルを見つけ、躊躇なく即確保した一冊(二冊…か)。弦楽四重奏というジャンルの、少なくともわが国における権威である著者の手による大部の著作(上下巻合わせて約1,000ページ)だけに、その内容にも十分な信頼をおくことができる。

さて、本書は“新刊”ではあるが、収録されている文章は雑誌『LP手帳』の連載記事(1975~82)であるために、記述内容そのものは現時点での最新の知見ではない。現在の若い読者にとっては、ヴィオラがバイエルレ時代のアルバン・ベルクQが最若手という布陣には古臭さしか感じられないかもしれないし、近年の新譜や若手団体といったリアルタイムの鑑賞活動に対する有用な情報に欠けると思われるかもしれない。敢えて誤解を恐れずに言えば、“昔の評論本の復刻”であるからだ。

しかしながら、本書は弦楽四重奏を愛する者にとって類のない名著である。まず、楽曲そのものではなく、決して少なくないそのそれぞれについて、これまた少なくない量の音盤を(執筆当時の時点において、ではあるが)網羅し、その演奏を全て詳細に評論し尽くしているというだけでも偉業と呼ぶに相応しい。連載の事情でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、というごくオーソドックスな、しかも限られた作曲家だけが取り上げられているが、それでもその音盤を網羅するというのは、音盤の種類が今よりは少なかったとはいえ、それだけでも驚嘆に値する。

1970年前後に結成された団体の壮年期を同時代的に経験してきた私にとっては、カペーQやレナーQを基本とし、ブダペストQとバリリQを双璧とみなし、ジュリアードQやスメタナQの技術水準に感心する、という全体的な嗜好は、いささか古臭く、前時代的に感じられるが、個々の評価やそこに反映される著者の嗜好といったものは、そもそも読者と一致することの方が珍しい訳で、自分と異なる価値観のその背景をこそ堪能すべきであろう。その意味で、本書は著者の考え方やスタンスが揺るぎなく、しかもその根拠が明示されており、たとえ個々の評価に異論があったとしても、個々の楽曲をどう味わうか、それぞれの作曲家の何を聴くか、アンサンブルのどこに勘所があるのか、といった全体的な主張は、極めて示唆に富んでいる。

記述の詳細度と分量を考えると、“読み物”として通読するよりも、まずはざっと全体を俯瞰した上で、その時々の興味に応じて該当する箇所を繰り返し精読するような読み方の方が相応しいように思う。いまさらブダペストQでもないだろう…などと言わずに、本書と共にかつての名盤を改めて味わってみることで、本書では扱われていない近年の演奏に対しても新たな聴き方ができるに違いない。

シューベルトまでしか扱われていないことが本書の最大の欠点ではあるが、ルネサンス期にまで四声音楽の源流を遡り、貴重な音盤を紹介している上巻の前半部分は非常に面白く、困ったことに、蒐集欲を駆り立てられてしまう。またいわゆる弦楽四重奏曲の範疇を超えて、たとえばベートーヴェンの作品118のような楽曲まで紹介されているのも楽しい。両冊を揃えると7,000円近い出費になるが、それだけの価値は十分にある。

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theme : クラシック
genre : 音楽

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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