ペトレンコのショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5&9番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.572167)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第1&3番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO & cho. (Naxos 8.572396)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第6&12番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.572658)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第2&15番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO & cho. (Naxos 8.572708)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.573057)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 ヴィノグラードフ (B) V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO他 (Naxos 8.573218)
HMV ONLINEからセール案内が届いたので、ふと思い立ってペトレンコによるショスタコーヴィチの交響曲をまとめ買い。既に全集として完結しているのでボックス化されているが、第1弾の第11番だけは買っていたので、何となくバラで揃えたくなった(まだ全てを入手したわけではない)。場所を取るだけと分かってはいるが。

さて、ペトレンコのショスタコーヴィチ全集は、新時代のショスタコーヴィチ演奏のスタンダードとして、総じて高く評価されている。「若々しい」「新鮮な」「研ぎ澄まされた」「洗練された」などの、結論としては作曲家と同時代を生きた演奏家達の「思い入れたっぷりの」「雰囲気のある」演奏とは異なった、「スコアを丹念に読み解いた」「現代的な」演奏、という評価がほとんどである。

こうした評価に私も異論はなく、現時点でのショスタコーヴィチ演奏の潮流を代表する優れた録音だと感じた。ただ、リリース時に聴いていれば、その「新しさ」に興奮することもできたのだろうが、今となってはそれが(良い意味で)当たり前になっていることもあり、全面的に私の怠惰が理由とはいえ、いささか新鮮味に欠けてしまったのは残念。もう少し新譜に対して積極的にならねば。

一点だけ、録音のレンジが広過ぎるのは好みではない。弱奏部に合わせたらうるさ過ぎ、強奏部に合わせたらさっぱり聴こえない、というのは、技術的には実際の音響を忠実に再現しているのかもしれないが、メディアを再生して聴取するには不適と感じる。

以下、曲毎にコメントを付しておく:

第5番は、上述したような古典作品としての解釈が既に定着している作品ということもあり、ペトレンコの演奏解釈そのものに驚くような新味があるわけではない。しかしながら、細部に至るまでの丁寧な目配りには特筆すべきものがあり、合理的なテンポ設定で全体の構造を明確にしつつ、終始余裕を持って堂々たる音楽が展開される、いわば横綱相撲的な王道の演奏に仕上がっている。

一方、第9番は、必要以上に軽やかでも、また極端に軽やかさを否定するのでもない、わりと中庸な演奏なのだが、オーケストラの技量が影響しているのか、全体にもたつく感じが気になる。

第1番は、作品自体がペトレンコによく合っているようにも思われ、第5番と同様に機能的ながらもごく自然な音楽が表出されている。交響曲という形式と、様々な楽想が目まぐるしく展開するショスタコーヴィチ独特の構成とが、齟齬を感じさせることなくまとめられているところに、ペトレンコの非凡さがある。

第3番は、ゆったりとしたテンポで多数の旋律群を抒情的に歌っているのだが、少し遅過ぎるようにも感じられ、楽曲の冗長さが目立ってしまうのが惜しい。合唱がすっきりし過ぎていて物足りないのだが、それは、私の耳が作曲家と同時代のローカル色の強いロシアの合唱にまだ囚われているということなのかもしれない。

第6番でも、独特の構成のいびつさを感じさせることのない、ペトレンコの手腕に感心する。特に第1楽章の響きの美しさは秀逸。ただ、第2楽章以降は第9番と同様のもたつきを感じる。

第12番は、勇壮さを排除した悲愴な第1楽章の序奏に、現在ならではの楽曲解釈が見られるものの、然るべき盛り上がりにも不足しないオーソドックスな演奏である。

第2番は、最も個性的な演奏と言ってよいかもしれない。初期ショスタコーヴィチの尖った部分が全て自然に解決され、前衛とは対極のまろやかな音楽となっている。サイレンすらも当たり前のように溶け込んでいる演奏は他になく、ショスタコーヴィチが「古典」となったことを端的に象徴しているようにも思われる。ただ、合唱はいかにも軽量で、私にはどうしても物足りない。

第15番は、第5番や第1番と同様に、ペトレンコの解釈が最も成功しているものの一つ。スコアに抗わず、音符やリズム、指示に素直に従っているだけなのだが、流麗ながらも堂々たる風格のある、雰囲気豊かな秀演に仕上がっている。局所的なこだわりよりも大局的な構造の明晰さが際立ち、つぶやきのような独奏箇所が全体の中で意味深く響くのも素晴らしい。

第7番は、冒頭からしなやかな流麗さが際立つ。虚仮威し的な見得を切ることはなく、スコアに内在する熱量に応じて音響が膨張収縮するような、極めて自然な音楽である。また、第1楽章展開部では、変奏ごとの和声の変化が繊細に取り扱われており、次第に凶暴性と悲劇性を帯びていく様が見事に表出されている。

第13番は、ペトレンコ率いるオーケストラのすっきりとした響きが、独唱と合唱にも徹底されているようで(意図したか否かはわからないが)、背景という名のノイズを取り払ったような、純度の高い音楽となっている。たとえば、終始テンションの高い第2楽章をはじめ、異様に力強い感情の暴発の表現にも不足せず、バランスの取れた佳演である。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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