中古盤漁り

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 テミルカーノフ/サンクト・ペテルブルグPO (Mirare MIR 196)
  • ハイドン:ピアノ三重奏曲第43番、シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 オーイストラフ三重奏団 (EMI TOCE-7862)
  • マーラー:ピアノ四重奏曲断章、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番、ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 バブアゼ、梅原ひまり (Vn) 山本由美子 (Va) 林 裕 (Vc) 田隅靖子 (Pf) (LeavesHMO HMOC17834/5)
  • ガーシュウィン:子守歌、ハイドン:弦楽四重奏曲第83番、シューベルト:四重奏曲断章 D 103、メンデルスゾーン:弦楽四重奏のための4つの小品より変奏曲、スケルツォ、プッチーニ:菊、ヴォルフ:間奏曲 ジュリアードQ (Sony SICC 1527)
  • スメタナ:弦楽四重奏曲第1&2番 スメタナQ (Denon 33C37-7339)
  • バルトーク:弦楽四重奏曲第1&2番 ヴェーグQ (Tower Records TGR-1001)
仕事の帰りに、ディスクユニオン 大阪クラシック館にて寄り道。室内楽の棚をチェックし、予算に応じてショスタコーヴィチ関連を漁るという、いつものパターンだったが、あてもなく立ち寄ったわりに、なかなか満足度の高い買い物ができた。

まずはショスタコーヴィチ関連を3点。

テミルカーノフによる交響曲第5番は、4枚目となる。1981年のライヴ盤を除き、いずれも手兵サンクト・ペテルブルグPOとのコンビで、2枚目のRCA盤以降、ほぼ10年おきに録音されているのは、演奏者の思い入れというよりも、有名演奏家によるお国物の名曲の録音に対するニーズが高いということなのだろうと思う。若い頃の演奏は、いわゆる爆演として取り上げられることが多い指揮者だが、この曲に関しては流麗さの方が際立つ。一部、テンポの変わり目でアンサンブルが乱れる箇所はあるものの、オーケストラは無理なくコントロールされ、押し付けがましい個性的な解釈も見られない。RCA盤以降の3枚は、基本的に同一の演奏傾向と言ってよいだろう。こういう頑固さは、さすがムラヴィーンスキイの後継者、と言えるのかもしれない。


オーイストラフ・トリオの「プラハの春」音楽祭でのライヴ録音は、ショスタコーヴィチのみPraga盤で既架蔵済み。ソ連崩壊後、東欧圏の秘蔵音源が脈絡なく流出したが、「Vltava Classics」もそうした泡沫(?)レーベルの一つで、当時(1991年)の雑誌記事にはPantonとMultisonicの音源+αについて東芝EMIが契約したものと記されていた。このレーベルの全体像は詳らかにしないが、「プラハの春コレクション」というシリーズだけは、当時音盤屋で目にした記憶がある。興味のあるタイトル揃いではあったが、何せその頃は貧乏学生。国内盤フルプライスにはおいそれと手が出せなかった。そんな諸々を思い出しつつ、この盤を手に取った次第。

ショスタコーヴィチは、この三重奏団、あるいはオーイストラフが関わった全ての録音の中でも最高の出来である。Praga盤に比べると、より生音に近く感じられるものの、寸分の隙もない演奏の巨大で圧倒的な印象に変わりはない。ただ、この音圧でハイドンを聴くのは、現代の耳にはちょっと辛い。シューベルトも濃口のロマンティックな表現はたまらなく胸に響くが、音そのものはいかにも前時代的。


「関西の名手たちによるアンサンブルの妙技2011」と題された2枚組のアルバムは、私家盤に限りなく近い雰囲気だが、コンサート会場などの限定された場でなくても入手可能なようだ。演奏者は、関西地域のクラシック・ファンにはお馴染みの実力派ばかり。ソロだけでなくアンサンブルの経験も豊富な奏者揃いなので、いずれも聴き応えのある仕上がりになっている。マーラーの甘美な情緒に耽溺するような若々しい抒情、ショスタコーヴィチの堅実ながらも颯爽としたリズムの捌きと清冽な歌は、十分に魅力的。弦楽四重奏という形態だけはどうしても固定メンバーを要求するようで、「死と乙女」だけは技術的な破綻はないものの音楽的に散漫な箇所が散見されるのは惜しい。


ジュリアードQが1968年にリリースした小品集は、日本ではこれまで特典盤の類でしか入手できなかったとのこと。この珍しいアルバムがCD化されていたことはおろか、アルバムの存在すら知らなかったので、「面白い選曲のアルバムだな」程度の認識で購入したのだが、これが思わぬ拾い物だった。4月のシュペーテQの演奏会でシューベルトの「断章」を取り上げることもあり、この曲が含まれていることが購入の動機の一つでもあったが、なんとこれは有名な第12番とは別物。これを除けば全て知っている曲ばかりながらも、いずれも演奏頻度は決して高くなく、しかも著名団体が取り上げる機会もそう多くはない。そんな小品の数々を、単に手堅い以上の充実した演奏で聴かせてくれるだけでも、このアルバムの価値は高いのだが、とりわけヴォルフの「間奏曲」の名演が、さらにその価値を揺るぎのないものにしている。断片的な旋律がやや支離滅裂に散りばめられたようなこの曲が、まるでヴェーベルンの作品のようにあらゆる旋律の断片が有機的に全体像を形成し、しかも後期ロマン派特有の高血圧な情緒を魅力的に織り成していく。この作品の魅力を初めて理解できた気がする。


スメタナQによる3度目のスメタナは、他の2種類を架蔵していたこともあって、長らく買いそびれたままになっていたもの。憧れの国内盤フルプライスが見る影もないほどの中古価格になっていたこともあり、気の赴くままに確保。彼らのキャリアとしては晩年に差し掛かった1976年の録音だが、最上の意味での円熟の極みであり、かつ、若い頃をはるかに凌駕する熱量の高さに圧倒される。アンサンブルの緊密な完成度は、これ以外の解釈を許したくなくなるほどで、40年以上経った今日においても決定盤の座は揺るがない。とりわけ第2番は演奏芸術の極致と言っても差し障りないだろう。


ヴェーグQによるバルトークとベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集が「タワーレコード オリジナル企画」として限定リリースされたのは、1996年のこと。その後、いくつかのレーベルからBOX化もされた音源であるが、気分の問題で、買い損なった分は同じフォーマットで入手したいと思ったまま20年が過ぎた。今回確保した音盤をレジに差し出そうとしたまさにその時、レジ前の新着音盤コーナーに、バルトークで唯一未架蔵だった第1巻(第1&2番)を発見。その場に他の客がいなかったにも関わらず、奪い取るように確保してしまった。現代音楽臭のない、穏やかでしっとりとした歌の美しさの光る、心からの共感に満ちた音楽は、ハンガリーQ、バルトークQといった同郷の団体に共通するバルトークの人懐っこい側面を強く意識させてくれる名演。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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