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実家のLP(1)

  • ブラームス:交響曲第1番 ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウO (London LY 1 [LP])
  • ブラームス:交響曲第4番 ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウO (Philips SFL-5521 [LP])
  • チャイコーフスキイ:交響曲第4番 モントゥー/ボストンSO (Victor LS-2287 [LP])
  • チャイコーフスキイ:交響曲第5番 シュヒター/北西ドイツPO (Angel IP 4 [LP])
  • ベートーヴェン:交響曲第5&4番 ワルター/コロムビアSO (Columbia RL 113 [LP])
  • ベートーヴェン:交響曲第7番 ワルター/コロムビアSO (Columbia RL 115 [LP])
  • ベートーヴェン:交響曲第6番 E. クライバー/アムステルダム・コンセルトヘボウO (London LY 6 [LP])
  • ベートーヴェン:交響曲第9番 プライス (S) フォレスター (A) ポレリ (T) トッツィ (B) ミュンシュ/ボストンSO ニュー・イングランド音楽学校cho. (Victor RCA-2013 [LP])
  • ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 リッチ (Vn) ボールト/ロンドンPO (King ACL 9 [LP])
  • ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 リヒター=ハーザー (Pf) カラヤン/ベルリンPO (Angel SCA 1049 [LP])
  • ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1&2番 リヒテル (Pf) K. ザンデルリンク/レニングラードPO (Shinsekai SH-7644 [LP])
  • ビゼー:「カルメン」組曲、「アルルの女」組曲 アンセルメ/スイス・ロマンドO (London SLC 1707 [LP])
  • ヴェルディ:歌劇「トロヴァトーレ」(抜粋) セラフィン/ミラノ・スカラ座O (DG SLGM-1163 [LP])
  • イタリア民謡をあなたに(オー・ソレ・ミオ、カタリー、マレキアーレ、君に告げよ、帰れソレントへ、ナポリよさらば、マンマ、朝の歌、禁じられし歌、踊り、忘れな草、サンタ・ルチア) ヴェロー (T) グラッシ/管弦楽団 (Victor SHP-5360 [LP])
随分と間が空いてしまったが、5月29日のエントリーに引き続き、父のLPの残りを。ほぼ全てが1960年頃の録音で、父が若かった頃にはこれらが“新譜”として店頭に並んでいたのかと思うと、自分自身が生きてきた時代との雰囲気の違いを改めて実感するような、何か不思議な気分である。

ベイヌムによるブラームスの第1番は、中学生の頃に繰り返しよく聴いた音盤。その後、自分でミュンシュ/パリ管のLPを買ってからは専らそちらばかりを聴くようになったので、本盤の印象はかなり薄れていたものの、淡々とした、それでいて随所から味わいが染み出てくるような渋さと同時に、溌剌とした疾走感を内包した(テンポが速いわけではない)演奏の高い完成度に改めて感心させられた。


同第4番も、その後ケルテス/ウィーン・フィルばかりを聴いていたのだが、確かにこちらは一層渋い演奏である。構造的な見通しはすっきりとしているにも関わらず、全曲を通して響きの色合いに変化が乏しい(ように聴こえる)ので、さりげない、というよりは素っ気ないくらいの表情の移ろいに感じ入ることができる程度には曲を知り、腰を落ち着けて鑑賞する必要があるのかもしれない。


モントゥーによるチャイコーフスキイの第4番は、彼を代表する名盤の一つということらしい。確かにこの音盤に封じ込められた熱量の大きさは尋常ではない。両端楽章の随所で爆発しつつ燃えさかるような感情に没入しきった大柄な音楽の迫力もさることながら、第2楽章の寂寥感が漂いつつも慈愛に満ちたニュアンスで奏でられる音楽も印象深い。今なお聴かれる価値のある、極めて素晴らしい音盤である。


シュヒターの名は、1960年頃のNHK交響楽団を鍛え上げたオーケストラ・トレーナーとして耳にしたことはあるが、実際にその音楽を聴いたのは手兵であった北西ドイツ・フィルを振ったこのチャイコーフスキイの第5番が初めて。良くも悪くも“ドイツ風の生真面目な演奏”である。よく整ってはいるが、そこにロシアの薫りは微塵もなく、端正に奏でられる小奇麗な旋律が並んでいるだけの印象。申し訳ないが、率直に言って退屈な音楽である。N響との関係がなければ国内盤がリリースされることもなかっただろうし、現在に至るまで未CD化であることも当然だろう。


ワルターがコロンビア響を振ったベートーヴェンの交響曲全集は、私がクラシック音楽に関心を持ち始めた当初において、まだ依然としてスタンダードの一つであった。宇野功芳氏の『名指揮者ワルターの名盤駄盤』(講談社+α文庫, 1995)には、第4番は最高の名演で、第5番は終楽章のテンポが遅すぎて迫力に欠ける、そもそもワルターは第5番が苦手だと書かれている。札幌にいた頃の私は宇野氏の著作を読んでいなかったが、おそらく別の何かにも、ワルターは偶数番号が得意だから第4番は良くて第5番はいまいち、といった類のことが書かれていたのだろう、そのような先入観を持って聴いていたし、実際そのような印象を持ち続けていた(実は、札幌を離れて以降、この演奏を聴く機会が一切なかった)。今回改めて聴いてみると、第4番が優れた演奏であることに異論はないものの、むしろ第5番が十分に力感のある覇気に漲った立派な演奏であったことに驚いた。とりわけ第2楽章のロマンティックな味わいは堪らない。終楽章も、勢いに任せて徒に盛り上がるような演奏よりもはるかに格調高くて、むしろ好ましい。


一方で第7番は、テンポという点では全曲を通じてオーソドックスな解釈が採られているが、小奇麗に小さくまとまっているという以上の積極的な印象を持つことはできなかった。


カルロス・クライバーの父エーリッヒを代表する名盤である「田園」は、録音が古いモノラルであることを考慮に入れてもなお、聴き継がれる価値のある素晴らしい演奏である。折り目正しい楽曲構造の整理もそれだけで傑出しているが、それに終始することなく、各楽章の音楽的な起伏と、全曲を通じて形成される息の長いクライマックスとの両立が、極めて論理的かつ自然に実現された稀有の名演と言ってよいだろう。あらゆるフレーズに息づくニュアンスの多彩さにも、耳を奪われる。


ミュンシュ/ボストン響の第九は、LP1枚に収まる「最速の演奏」として知られていたようだ。現在までにリリースされた音盤中、演奏時間の短さという点でこの演奏が何位にランクされるのかは分からないが、いずれにせよ、全ての楽章においてテンポが速いことは事実。それがLP1枚に収めるという技術的な制約から来たものなのか、あるいはミュンシュ自身の音楽的欲求によって導かれたものなのかは寡聞にして知らないが、全曲を通じてひたすら忙しないだけで、音楽的な魅力は全くと言ってよいほど感じられない。とりわけ、ただ弾いているだけのようにしか感じられない第3楽章には、がっかり。


技巧の精度という次元を超えて、パガニーニやサラサーテの作品で聴くことのできるリッチの冴えた切れ味は、私が非常に好むところ。しかし残念ながらこのベートーヴェンの協奏曲は、リッチの線の細さばかりが耳につき、楽曲の魅力ばかりか、ヴァイオリンの魅力すらも感じられない仕上がりである。オーケストラも伴奏に終始する、控え目と言うよりはむしろお仕事的な演奏ぶりで、印象に残らない。


カラヤンが伴奏したブラームスのピアノ協奏曲第2番は、バックハウスが独奏を務めたライヴ盤を聴いたことがあるものの、「剛毅なバックハウスの立派さに比べて、軟弱なカラヤンの品のなさ」みたいに一刀両断するような世評が多く、私自身も、バックハウスとの相性はさておき、カラヤンが志向するレガートの使い方がこの曲には合わないように感じていた。それだけに、リヒター=ハーザーを独奏に迎えて、いわばカラヤンの思い通りに仕上げることができたであろうこの音盤には、期待に近いものを抱いて針を落とした。結果として受けた印象は、バックハウス盤とさして異なるところはなかった。第2楽章の仄暗い情念のうねりと、第3楽章のロマンティックな歌には唸らされるものはあったが、両端楽章がどうにも締まらない。カラヤンのブラームスには、たとえば交響曲第1番のように申し分なく立派な演奏も少なくないので、ブラームスというよりは、単にこの作品との相性が悪いだけなのだろう。リヒター=ハーザーのピアノは、派手さこそないものの、表現の幅が広い、端正で堅実な弾きぶりが素晴らしい。


リヒテルによるラフマニノフの協奏曲は、今さら言葉を重ねる必要のない名演奏である。全編に渡って19世紀の巨匠芸の薫りが濃厚に漂う、理想的な演奏と言ってよいだろう。


ビゼーの有名曲「カルメン」と「アルルの女」の抜粋をアンセルメが振った音盤は、録音技術の粋を集めたような光彩陸離たる煌びやかなサウンドが印象的。必要以上にクリアな打楽器の音など、とにかく人工的な響きに耳が疲れてしまうが、録音の精緻さに比してアンサンブルそのものは意外なほど緩いことにも失笑を禁じ得ない。それでいて、音楽そのものは引き締まっているという、何だか不思議な音盤である。どちらの曲にも第1組曲と第2組曲があるが、いずれもそれら全てではなく、適当に抜粋して組み合わされている。


セラフィンによる「トロヴァトーレ」は、往年の名盤であるが、今に至るまでオペラに熱心になれない私には、その良し悪しを論じるための材料に欠ける。


カナダ出身のテノール、リシャール・ヴェローによるイタリア民謡集は、おそらく彼のデビュー当初の録音の一つだと思われるが、若さゆえの溌剌とした輝きのある歌声と、素直な歌いぶりが好ましい。「イタリア」「テノール」という語から連想される毒々しさとは無縁だが、必ずしもそれを愛好するわけでない私のような聴き手にとっては、こういう歌唱の方が歌そのものを楽しむことができる。中学の音楽の授業で「帰れソレントへ」を原語で歌うテストがあった時、このLPを何度も聴いたことを、懐かしく思い出した。


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theme : クラシック
genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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