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実家のLP(2)

  • シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレート」 フルトヴェングラー/ベルリンPO (DG MG 6007 [LP])
  • ブルックナー:交響曲第3番 ベーム/ウィーンPO (London L15C-2210 [LP])
  • ブルックナー:交響曲第4番 ベーム/ウィーンPO (London L20C-2036 [LP])
  • ブルックナー:交響曲第7番 カラヤン/ベルリンPO (EMI 29 0858 1 [LP])
  • ブルックナー:交響曲第9番 ショルティ/シカゴSO (London L28C 1999 [LP])
  • マーラー:交響曲第1番 ショルティ/シカゴSO (London L20C-2003 [LP])
  • マーラー:交響曲第6番、さすらう若人の歌 ミントン (A) ショルティ/シカゴSO (London L30C-2095/6 [LP])
  • ヘンデル:王宮の花火の音楽、水上の音楽 マリナー/アカデミーCO (London K20C-8665 [LP])
  • シューベルト:弦楽四重奏曲第14番、ピアノ五重奏曲「鱒」 ウィーン・フィルハーモニーQ ウィーン八重奏団員 カーゾン (Pf) (London K20C 8681 [LP])
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第77番「皇帝」、モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番 アマデウスQ (DG 20MG 0329 [LP])
5月29日7月8日のエントリーにて実家に残っていた亡父のレコードを紹介したが、この他に、私と同じく高校まで実家暮らしをしていた弟のLPレコードもいくらか残っていた。弟は現在LPレコードの再生環境が整っていないとのことで、とりあえずこれらも全て一括して引揚げてきた次第。兄弟とはいえ好みが全く異なるので、一目でどちらが買ったレコードか分かってしまうのが面白い。私自身は、大オーケストラが長い時間をかけて繰り広げる豪華絢爛な響きには、当時からそれほど関心がなかったので、このリストにあるようなブルックナーやマーラーは、昭和の終わり頃にブームであったにも関わらず、結局まともに聴かず終いだった。

ということで、まずは穏当にシューベルト……と思って最初に聴いたフルトヴェングラーの「ザ・グレート」の凄さに、文字通り腰を抜かすほど圧倒されてしまった。後期の弦楽四重奏曲をはじめとするシューベルトの長大な作品群には、聴くだけでなく自ら弾く機会もあったことで、随分と耐性もでき、その魅力を心から味わえるようになってきたものの、「ザ・グレート」だけは未だに進んで聴こうという気になったことがない。楽曲の構造や転調の意味合いを多少なりとも理解できるようになってきたとは思うのだが、楽曲あるいは音楽全体を貫く論理が自分の中で明解に腑に落ちていないので、結局は“冗長”という印象を拭うには至らず終いのままだったからである。

フルトヴェングラーのこの録音は、その論理が極めて明確かつ感動的に示されている点において非凡である。音楽の微細な変化に息を飲み、進行と共に興奮を募らせるような聴き方をしたのは、いつ以来だろう。この歳になってもなおこういう経験ができるのは幸せなことだ。


ベームのブルックナーは、ひたすらウィーン・フィルの響きを堪能した。特に、第4番の冒頭に代表されるウィンナ・ホルンの魅力が際立つ。ただ、上述のシューベルトのように「分かった!」というような手応えはなし。


第3番や第4番と第7番を同列にして比較する訳にはいかないだろうが、ドラマティックな壮麗さで圧倒しつつも全体を流麗にまとめ上げるカラヤンの手腕は、やはり流石。退屈するということはない。ただ、これもまた比較すべきではないのかもしれないが、カラヤン最晩年のウィーン・フィルとの名盤の境地にはまだ程遠い。


ショルティの第9番は、良くも悪くも彼を特徴付ける剛毅さが、残念ながらこの作品とは異質なものとしか思えない。だが、オーケストラと一体となって自分の音楽を貫き通す意志の強さが、不思議と説得力を持つ。とはいえ、ブルックナーかと問われれば首を傾げるしかないのだが。


マーラーの「巨人」でもショルティとシカゴ響のスタイルに変わりはないが、この作品ではそれが悉くツボに入り、血湧き肉躍る魅力的な演奏に仕上がっている。技術的には現在ではこのコンビでなければ聴くことができないというほどではないのだが(もちろん極めて高い水準であることは言うまでもない)、一時代を築いた完成度の高さに改めて圧倒される。


一方、第6番になると、全体に直線的で単調な表現が物足りなく、全曲を通して聴くのは少々辛い。威力に満ちたシカゴ響のサウンドは実に格好良いのだが、さすがにそれだけでは聴き疲れがする。カップリングの「さすらう若人の歌」は、手堅くも寛いだ雰囲気が好ましい。


マリナー指揮のヘンデルは、ピリオドの潮流にはほとんど関心を持たずに過ごしていた私にとって、聴き慣れたバロック音楽の響きである。もしかしたら曲順なども今では「古臭い」のかもしれないが、全く知識がないので分からない。演奏そのものは、上品な華やかさが心地よいものの、私の趣味からするといささか穏やかに過ぎる。


ウィーン・フィルの団員によるシューベルトの室内楽は、アンサンブルを率いるボスコフスキーのキャラクターが大きく反映した演奏。技術的な精度以前に、気楽で(必ずしも悪い意味ではない)鄙びた田舎臭さをどう受容するかによって評価は変わるだろう。私にとっては、ディヴェルティメント的な「鱒」はその音楽の有り様が心地よく楽しいが、「死と乙女」はシリアスさに欠けて終始物足りない。


アマデウスQによる有名曲2曲のアルバムは、それぞれ選集/全集の音源による編集盤。名演奏家による名曲の名演、といった貫禄が(廉価盤にもかかわらず)ジャケットから滲み出ている。彼らの音には、LPが相応しい。

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theme : クラシック
genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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