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亀山先生のショスタコ本

  • ヴォールコフ, S.・亀山郁夫・梅津紀雄・前田和泉・古川 哲(訳):ショスタコーヴィチとスターリン, 慶應義塾大学出版会, 2018.
  • 亀山郁夫:ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光, 岩波書店, 2018.
発刊から既に1年以上が経ってしまったが、長らく積読していたショスタコーヴィチ関連文献2冊を読了。

まずは、2008年2月25日のエントリーで紹介したヴォールコフの『証言』に続くショスタコーヴィチ論の邦訳。ロシア文学らしいやたらと持って回った文体であるため、英語でも大意は把握できるものの、日本語で読めることは非常にありがたい。実際、先に読み飛ばしていた部分にも興味深い記述が少なからずあった。

ロシア=ソ連における体制と芸術、具体的には文学と音楽との関係を、ニコラーイ1世の時代とスターリンの時代とを比較対照しながら一種の文化史的な論述が繰り広げられている。その文脈の中で、ショスタコーヴィチには「聖愚者」「僭称者」「年代記作家」という3つの“仮面”があるとし、プラウダ批判前後とジダーノフ批判前後を中心にスターリンとの関わりの中で、その各側面について論考している。

『証言』の序文(日本語訳には含まれない)で提起された「ショスタコーヴィチ=聖愚者論」については、ロシアの文化に通暁している著者だけに、広範な背景の下に論理が展開されていて面白い。さりげなく文中で『証言』の意義や正当性を主張しているのには苦笑してしまうが、『証言』とは異なる第三者的な視点で事実関係が整理されているので、ショスタコーヴィチが描いた時代がどのようなものであったのかについても、大いに得るところがある。

ただ私には、「僭称者」の意味するところが腑に落ちない、というかよくわからない。作曲家と(同時代の)大衆との関わりを論じる鍵のようにも思えるが、いたずらに論を広げているだけのようにしか感じられず、また折を見て再読してみたい。



さて、発刊時から読むのを楽しみにしていたのだが、それ故についつい後回しになってしまっていた亀山先生によるショスタコーヴィチの評伝も、ようやく読了。

本書は、亀山先生によるショスタコーヴィチ論の集大成である。これまでは特定のトピックに集中して論を展開されてきた著者が、満を持してショスタコーヴィチの全生涯を網羅した評伝の形で存分に思いの丈を語っている。

ショスタコーヴィチは、20世紀の間は「ソ連の御用作曲家」「反体制の作曲家」という社会的側面から専ら論じられてきたが、生誕100年辺りを境に、女性関係なども含めた私的側面からの楽曲解釈などが盛んになり、体制との絡みを過度に強調するのはいささか時代遅れのようにも思われる。それを十分に承知の上で、『歴史的な文脈を抜きにショスタコーヴィチの音楽を語ることが可能か、という問いそのものが成立しない……』(P.13)というスタンスを徹底しているのが、何より潔くて心地よい。

また、最新のロシア語文献が引用されているだけでなく、関連する詩などの抄訳が随所に散りばめられているのは、著者がロシア文学者なればこそ。たとえばエフトゥシェーンコの『エラブガの釘』など、一部とはいえ、これまでそのタイトルしか知らなかった詩が日本語で記されていることの意義は少なくない。

著者の専門からして、ロシア・アヴァンギャルドに対する広範な知見が光るショスタコーヴィチ初期の論述が面白いのは当然。一方、中期のスターリンとの絡みは、熱のこもった緻密な筆致ながらも、亀山先生の著作をこれまで追ってきた読者にとっては目新しさはない。

共産党入党やサハロフ非難署名などの「よくわからない」エピソードに果敢に取り組んだ後期~晩年の記述は、どの評伝でもそう深く扱われていないトピックだけに、著者の意欲が窺われる。また、この部分は著者にとっても「これから」のテーマなのかもしれない。ただ、社会との関わりでこの時期のショスタコーヴィチを論ずることには、私は否定的だ。他者との関わりを断ち、ただひたすら自分自身との対話のみに閉じこもっていった作曲家の音楽を、他者や社会への「贖罪」とするのには賛成できない。例えば交響曲第14番の解釈などは、私の見解とは全く異なる。

個々の説や楽曲解釈については、読者の数だけ異論もあろう。ここではそれについて取り上げない。また、「何でもかんでも体制との軋轢ですか?」といった抵抗を感じる読者もいるだろう。こうした点について敢えてバランスを取ることをせずに、著者独自のショスタコーヴィチ愛で最後まで突っ走っているところが、本書の最大の魅力であろう。読み応えのある労作である。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

comment

Secre

No title

亀山氏の「ショスタコービチ」お陰で読ませていただきました.。レコ芸で連載されていたものであることを途中で知りました
。2005年8月号「ショスタコーヴィチ.ルネッサンス」(工藤さんの投稿も読みましたが)にも「抒情の運命」8が載っています。ヘントーバの著作の引用ら知られた引用もありかなりの力作で読みがいがありました。、
大學オケでチェロを弾かれていて楽曲の分析も専門てきです。いろんな意味で物議をかもしている氏のドストエフスキー論よりも良いのかも
。気になるのは彼の弟子2人の離反(なぜあのようなクズのような曲が人気があるのか)、最近読んだ『マーラーを語る29人の指揮者」のブーレーズの論「その名前は私には禁句.....」
かれがマーラーを振ったのも?なのであるが。人それぞれの考えがあり時間がそれを淘汰するのだろう。
プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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