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久し振りにショスタコ三昧

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第14番 ジェイムズ (S) オリーマンス (Br) ニコリッチ/オランダCO(Challenge Classics CC72654)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 K. ザンデルリンク/スウェーデン放送SO(Weitblick SSS0135-2)
  • チャイコーフスキイ:交響曲第4番、ムーソルグスキイ(ショスタコーヴィチ編):歌劇「ホヴァーンシチナ」より前奏曲「モスクワ川の夜明け」 K. ザンデルリンク/ウィーンSO(Weitblick SSS0088-2)
  • ゲールギエフ&ロッテルダム・フィル 20年の軌跡 ゲールギエフ/ロッテルダムPO(Rotterdam Philharmonic Orchestra RPHO 2008-1)
  • ピアソラ(ブラガート編):天使の死、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 Op.14、ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏のための2つの小品、ドヴォルザーク:「ジプシー歌曲集」より「我が母の教えたまいし歌」、ハイドン:弦楽四重奏曲第9番 Op.2-3、ヒアネオ:3つのクリオージョ曲集より「ケチュア族の哀歌」、シューベルト:「楽興の時」第3番 フランシスクスQ(Challenge Classics CC72176)
  • シューベルト:弦楽四重奏曲第10、12番、ブラームス:弦楽四重奏曲第2番、弦楽四重奏曲第3番より第3楽章 ボロディーンQ(ica ICAD 5044 [DVD])
2019年も押し迫った頃にアリアCDから届いた音盤は、いずれもショスタコーヴィチ絡み。

ロンドン響コンサートマスターのニコリッチが指揮した交響曲第14番は、まるでヴァイオリン独奏曲集のようなジャケットが印象的だが、清澄なアンサンブルと地に足のついた意味深さが傑出した好演。バリトンは声質が少し明る過ぎるように感じられるが、表現の内容と技術には何ら問題はない。ソプラノは若々しい声が妖しい色気すら漂わせていて見事。


K. ザンデルリンク最晩年のライヴである交響曲第8番は、全曲を通して貫かれた非常に遅いテンポが、異様なまでの悠揚たる巨大さを醸し出す凄演である。長大な作品にも関わらず、第1楽章の冒頭から第5楽章の最後の音に至るまで途切れることのない情念のうねりからあらゆる音が捻り出される様に、文字通り息をつく暇もない。しなやかさすら感じさせる冒頭を聴いただけでも分かるように、ロシア色は強くないが、楽曲の本質に深く迫った重厚な響きは否応なしに聴き手の心を捉えて放さない。ただ、個人的な好みを言えば、第2楽章は呵責のないテンポこそが悲鳴のようなクライマックスに不可欠と考えるだけに、この演奏はあまりに遅過ぎるのが惜しい。


同じくK. ザンデルリンクによるチャイコーフスキイの第4番は、ウィーン響とのライヴ。オーケストラの違いよりも指揮者の個性が卓越しており、全体に漂う巨大なスケール感はスウェーデン放送響のショスタコーヴィチに通じるものがある。ただ、楽曲自体が持つ構成の弱さに起因する散漫さがあからさまになる瞬間もあり、それを捻じ伏せるような力技がオーケストラにあれば……と思わなくもない。

カップリング曲の「モスクワ川の夜明け」は、ショスタコーヴィチの編曲をことさらに強調するようなことはなく、まさに大河の流れを彷彿させるようなゆったりとしたテンポで淡々と音楽が紡がれる。この上なく滋味豊かな演奏である。


ゲールギエフが初めてロッテルダム・フィルを振った1987年から20年が経ったことを記念した4枚組のアルバムは、ショスタコーヴィチの初出音源が含まれていることはチェックしていたものの、コストパフォーマンスの観点から購入を見送ってきたもの。収録内容は、下記の通り:
【Disc1】
  1. チャイコーフスキイ:交響曲第4番(1988年)
  2. シベリウス:交響曲第1番(2003年)
【Disc2】
  1. プロコーフィエフ:バレエ「ロメオとジュリエット」より(2004年)
  2. ストラヴィーンスキイ:春の祭典 (1996年)
【Disc3】
  1. ショスタコーヴィチ:交響曲第11番(1990年)
  2. ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」より(1997年)
【Disc4】
  1. シニートケ:ヴィオラ協奏曲(バシメート (Va);1993年)
  2. デュティユー:ヴァイオリン協奏曲「夢の樹」 (カヴァコス (Vn);2007年)
  3. ティーシチェンコ:バレエ「ヤロスラーヴナ」より(2007年)

ここに収録された中で最も古い(若い頃の)録音であるチャイコーフスキイの第4番が素晴らしい名演であり、若干34歳(1988年)の演奏であるにも関わらず、ここにはゲールギエフの魅力と人気の秘密が凝縮されている。上述したザンデルリンクの演奏では楽曲の弱さが露呈してしまう箇所を、ゲールギエフはクライマックスに向けて集中度を弛緩することなく高めつつ、クライマックスの次のクライマックスへと無尽蔵なエネルギーを放出すると同時に内に蓄え、そして聴き手の想像を超える頂点に達する……この一連の流れを、終始洗練された流麗さを持って鮮やかに処理する。理屈ではなく、生理的に引き込まれる音楽だ。

ショスタコーヴィチの第11番も同時期(1990年)の演奏で、この特徴が、さらに物凄い熱量で発揮された快演。第1楽章のような弱奏部での表情にいま少しの彫りの深さを求めたいところではあるが、楽曲の長大さを全く感じさせない構成力と持続する緊張感は見事としか言い様がない。

他の収録曲もいずれ劣らぬ名演揃い。選曲のセンスも良く、数あるオーケストラの自主制作BOXの中でも特に薦められる物の一つだろう。


「Special Arrangements」と題するフランシスクスQのアルバムは、その名の通り“編曲”をテーマにした面白い内容。ベートーヴェンのOp.14や、本来は別編成のためのディヴェルティメントだったことから今では弦楽四重奏曲として扱われることのないハイドンのOp.2-3が取り上げられているのも嬉しい。本アルバム随一の聴きものは、「我が母の教えたまいし歌」。この編曲が素晴らしい。編曲者の情報が全く見当たらないことからすると、この団体のメンバーによるものだろうか。クライスラーによるヴァイオリンとピアノのための編曲は有名なものの、不思議と弦楽四重奏のためのまともな編曲が皆無に等しい作品だけに、いつかこの編曲譜が出版されることを切望したい。

ショスタコーヴィチの2つの小品は、線が細く、表情が平坦なのが残念。ポルカの最後の方で1st Vnに音の間違い(使用楽譜によるのかもしれない)があるのもいただけない。


ボロディーンQのDVDは、2nd Vnがアブラメンコフだった時代の最後にあたる頃のライヴ映像。この時点でもう1st Vnのアハロニアンの個性が支配的になっているように感じられるが、技術的な水準は変わらず維持されているし、透明で涼やかな響きも魅力的。シューベルトとブラームスというドイツ・ロマン派の王道のようなプログラムで、細かい節回しに私の好みとは異なる箇所が少なくないものの、見応え、聴き応えのある映像作品である。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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